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巫娜 Wu Na/古琴奏者、古琴教師

1979年四川省重慶生まれ
1992年“92杭州国際古琴招待コンペ”にて優秀演奏賞受賞
1997年中央音楽学院付属高校古琴科卒業
2001年中央音楽学院古琴科卒業
2004年中央音楽学院古琴科修士課程修了
2003年琴館(古琴教室)を設立
2008年アメリカのAsian Cultural Councilの奨学金を得て、5ヶ月間ニューヨークに滞在
2009年ロンドンバービカン・センターでのイベント参加

「古琴は私の生活を変えた。そして、私も古琴を変えた」 R: 巫娜さんは2004年に中央音楽学院の古琴科の修士課程を修了されました。中国では前例がないそうですね。

W:そうなんです。中央音楽学院付属中学、高校でも古琴を選考していた学生は私以外一人もいませんでした。その後、大学、大学院と相変わらず私一人だったんです。

R:古琴を始めるきっかけは何だったのですか?

W:私は歌や踊りが好きだったので、中国で著名な打楽器奏者の伯父は私にも音楽の才能があるんじゃないかと思ったんでしょうね。(笑)彼の薦めで始めました。また、中国には「ある一つの技術、芸を身につければ、一生困らない」という考えがあります。初めは一年ほど古筝を習ったのですが、本当に下手だったんです。(笑)それで、9歳で古琴に切り替えたのです。子供ですから、上の人に言われるがままに習っていましたね。

R:ピアノなどではなく古琴だったんですね。

W:当時、ピアノは非常に人気があり、習っている人も多かったです。古琴を習っている人はほとんどいなかったですね。古琴が弾けるというだけで、人々の注目を集めることにもなりますよね。(笑)伯父はそのような点にも注目したのではないでしょうか。

R:さすが、打楽器の巨匠だけあり、伯父さんは先見がありますね。

W:そうですね。また、当時、伯父は北京で生活していたのですが、当時、北京で生活できる人は、周囲から憧れの存在でもあったんです。北京以外の都市は、農村のような感じでしたし。北京から発信される情報というのは、当時、最新で、最も信頼のおける情報でした。

R:叔父さんからの薦めで始めた古琴ですが、これまで一度もあきらめようと思ったことはないですか?子供の頃は特にレッスンが嫌になりがちですよね。

W:とても不思議なんですが、私はこれまで、古琴を辞めようとかあきらめようと思ったことは一度としてないんですよね。古琴を学ぶにつれ、自分自身、明確な目標をもつようになったんです。まずは、中央音楽学院付属中学に入学することでした。難関校でしたので、ひたすら懸命に学んでいましたね。

R:伯父さんの選択は間違っていなかったというわけですね。

W:ええ。もし、伯父がいなかったら、私はきっと古琴と接することもなかったでしょうね。ですから、彼には非常に感謝しています。また、80年代末に故郷の重慶から北京に移り住んだのですが、90年代の中国は変化の激しい10年でもありました。故郷での生活以外にも別の生活、別の世界があるなんて、重慶を離れて初めて知ったんです。

R:巫娜さんにとって、古琴はもちろんなくてはならない存在だと思うのですが、具体的にどのような存在ですか?

W:いつからこのような想いを抱くようになったのか分からないのですが、古琴という楽器は、私の生命の一部といえます。「この世を去る時までずっと一緒の重要な存在」と発言できる人はそんなにいないと思いますね。私にとって、古琴は私の身体の一部分で、頭の中では常に古琴のことを考えています。また、古琴が私の生活を変えたといえますし、私が古琴を変えたともいえると思います。互いに影響しあってきました。

R:古琴の魅力は何でしょうか?

W:まず、悠久の歴史です。他の文化との関係性も非常に重要で、古琴に関する記録や理論、古書など非常に幅広く多く残っています。その点、古筝や二胡とは全く違うといえますね。古筝や二胡は、一度歴史から消滅したんです。中国の古典文化の歴史、1000年、2000年の歴史は根本にはあるのですが、ある研究では、古筝は本当に中国古典楽器なのだろうかとも言われています。琵琶も中国漢民族の楽器ではなく、少数民族、あるいは他国から入った楽器ではないかとも言われています。その点、あきらかに古琴とは違うんです。

R:2003年、北京市内に琴館(古琴教室)をオープンしましたね。当時、なぜ琴館をオープンしようと思ったのでしょうか?

W:当時、非常に限られた条件と非常に理想的な思いが引き金となりました。幅広い世代に中国の伝統的な古琴、書道、絵画と接することのできる空間を提供したいという思い。そして、その空間を通して、私自身の生活が保証されればいいなという二つの思いから琴館をオープンさせました。

R: 場所は何度か移動されたようですが、5年間ずっと古琴教室を開いていますね。この5年間、どのような変化がありましたか?

W:とても大きな変化がありました。オープン当初は初めてのことなので、わけが分からず必死になっていました。また、古琴の経営パートナーとの考え方の相違など、色々ありました。私自身の変化も非常に大きかったです。今現在の私自身の精神状態は、非常に理想的といえますね。

R:「理想的」とは具体的にどのようなことでしょうか?

W:穏やかな精神状態で没頭して古琴の指導ができ、演奏ができる場所が定着したということ。また、意気投合した人たちと一緒に時間が過ごせて、おしゃべりができる。当初は、学生が集まるだろうかという焦りもありましたが、今はそのような心配は一切ありません。 「10年間に100人の学生を指導するよりも意義がある」 R:ここ数年、古琴を習う人も増えていますし、古琴教室も増えていますね。

W:おそらく2003年に古琴が世界無形文化遺産に指定されてから、古琴に注目する人が増えたのだと思います。

R:教室が増える中、古琴奏者という身分だけに固執するのでなく、古琴の教師として学生に教え続けているのはどうしてでしょうか?

W:私は、古琴の指導と演奏、共に同じ比重で重要視しています。それに、私は学生に教えることがとても好きなんですよね。多くの学生が私についてきてくれる、これほど幸せなことはないですよ。

R:古琴を始める人には様々な理由があると思います。例えば仕事や生活に疲れ、ストレス解消のために習いたいという人もいるのでしょうか。

W:確かにそのような考えの人ももちろんいるのですが、心から古琴、古琴という文化が好きという人もいるんですよ。彼らは、古琴だけに限らず、中国の伝統文化の知識が豊富で、常に研究しています。また、古琴を習っていると他人に言えば、箔がつくと言いましょうか。そのような考えの人もいますね。(笑)

R:古琴だけに限らず、伝統文化に興味を持つ人がここ数年で増えてきたんですね。

W:以前、中国人は皆、どうしたら衣食住が満ち足りるかということばかり考えていたんです。その衣食住の問題が解決され、余裕が出てきて、初めて自国の伝統文化に目を向けだしたというわけです。ただ、こんなにも教室が増えると、ある意味悪循環ですよね。一つの軌道の上で順調に物事が働くということは、現代社会ではほぼありえないことですから。ただ、私自身は、社会でいかなる変化があっても、常に平常心をもって、純粋な気持ちで古琴と向き合ってきました。短期間で古琴を習得したいという学生もいますが、古琴という楽器は短期間で習得できるものではないんです。例えば、この先10年の間に、学生3、4人が古琴を完全に習得してくれ、私と共に引き続き古琴の研究をしていってくれたら、10年間で100人の学生を指導するよりも意義があると思っています。

R: 巫娜さんももちろん、中国の伝統文化には興味があるのですよね?

W:もちろん興味はありますが、深く研究をしてきたわけではありません。ただ、3歳の頃だったでしょうか、兄から唐の時代の詩を暗記するように指導されたのを覚えていますね。

R:大学の古琴科の学生も以前よりは増えたのでしょうか?

W:増えましたが、やはり、他の学科と比較するとまだ少ないですね。ただ、各学科の受け入れ態勢に違いがあるんですよ。例えば、古筝科はその年、二人の学生を受け入れるとします。すると、100人の受験者のトップ二人を受け入れるわけです。その二人のレベルがいい悪いに関係なく。でも、古琴の場合は、レベルの低い学生はいらない。その年、学生のレベルが低ければ、その年の古琴科は設けない。ですから、レベルが高くないと、古琴科に入学できなかったわけです。ですから、私は、当時の古琴科の雰囲気がとても好きでした。才能ある人間だけが学べるという環境は、非常によかったですね。

R:90年代とここ数年の教育の環境や人々の意識には大きな変化があるのでしょうね。

W:私は、90年代の教育の環境は非常によかったと思っています。ここ数年、ひどくなってきたんじゃないでしょうか。それは、指導者が悪いというよりも、中国社会に問題があるといえると思います。経済が急速に発展し、経済発展を第一に考えてしまうと、人々の意識も「金銭」「利益」追求だけになってしまうわけです。文化、芸術に対する追求心というのは、二の次になってしまうのです。

R:古代の文化人は当時、古琴、囲碁、書道、絵画ができないと文化人と認められなかったということを聞いたことがあります。「琴棋書画」というのですよね。

W:そうです。「琴棋書画」は古代の文化人が必ず習得しなければならなかったんです。また、ある古琴の研究では、古琴の音色は人間の心がもっともなごむ周波数とも言われています。チェロの音色にも少し似ているんです。なぜ、チェロの音色が好きな人が多いのかということとも関係があると思うのですが、古琴の音色は、人間の心と関係があるようです。ですから、古琴が強調しているのは、精神を修養することなんです。古琴を通して、いかにその人間の精神状態をよく保つかなんです。



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